「そろばんを電卓に変える」だけでは、もう生き残れない時代

数字が語ること
2026年の春、ふと手にしたニュースの中に、これからの私たちの生き方を予感させるような数字を見つけました。帝国データバンクが発表した最新の調査で、日本企業の9割以上が「いま一番の悩みは、人を育て、確保することだ」と答えたのです。
それは単に「人手が足りない」という悲鳴ではありません。例えるなら、激しい荒波の中で、自分たちの力で舵(かじ)を握り、進むべき方向を決められる人がいない、という不安の現れです。
かつて、ITは「道具」にすぎませんでした。そろばんが電卓になり、電卓がパソコンになったように、新しい道具を買ってくれば、それで済む話だったのです。
けれど、今のAIやデジタル化は、単なる道具ではなく、組織という「体」を動かす「細胞」に近いものになっています。体の隅々にまで新しい血を巡らせるように、一人ひとりが自分で考え、判断し、動いていく。そんな変化が求められています。
その「細胞」を新しく作れる人がいなければ、どんなに高いシステムを買っても、それはただの「重たい置物」になってしまいます。
今、私たちの目の前では、デジタルを自分の血肉にできた「未来へ進める会社」と、古い仕組みのまま表面だけを新しく見せている「立ち止まったままの会社」の二極化が、はっきりと始まっています。
「スキル」の裏側にある「覚悟」の欠如
なぜ、これほどまでに人が足りないのでしょうか。
もちろん、専門的な技術を持つ人が少ないという理由もありますが、本当の問題はそこにはありません。
足りないのは、「自分の仕事はデジタルを使ってどう変わればいいだろう?」と想像し、自らを変えていこうとする「意志」を持った人です。
これまで多くの会社で、新しい技術は「誰か専門の人がやってくれるもの」だと思われてきました。会社から「学び直しなさい」と言われて研修に行っても、いざ現場に戻れば「余計なことをするな」「今まで通りでいいんだ」という冷ややかな視線が待っていることも少なくありません。
うまく進んでいる会社は、技術を教えること以上に、失敗しても「いい挑戦だったね」と言い合える、温かな空気を持っています。一方で、苦しんでいる会社は、今の決まりを守ることばかりに必死です。その結果、新しいことをしたいと願う優秀な人から順に、静かに会社を去っていく。そんな悲しいすれ違いが、あちこちで起きています。
計算可能な未来と、不可視の情熱
デジタルの得意分野は「計算」です。次に何が売れるか、どうすれば無駄がなくなるか。AIは、私たちがなんとなく「勘」でやっていたことを、あっという間に数字で示してくれます。
けれど、デジタル化を本当に成功させるのは、計算では導き出せない「情熱」や、ふとした「違和感」です。
「この手間、どうしても無くしてあげたいな」「このデータを使えば、あのお客さんをもっと笑顔にできるはずだ」。そんな、現場で働く人の切実な想いが、冷たいデジタルという仕組みに命を吹き込みます。
人が足りないと悩む会社の多くは、この「想い」までも、外部の業者に丸投げしてきました。自分たちの仕事を、自分たちの言葉で語ることをやめてしまった組織は、たとえ最新のAIを使っても、それはどこか魂の抜けた、操り人形のようになってしまいます。
2026年の今、私たちは大切な岐路に立っています。
必要なのは、難しいコードを書く技術ではありません。自分の周りにある「ちょっとした不便」や「理想」を、デジタルの力を借りて形にしようとする、ささやかな勇気なのだと思います。